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題 名
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内 容
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執筆年月
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| 楽しい楽しい水遊びの季節 |
水遊びの遊び方が年々変わっていく様子。家族だけで温水プールに行き、私に障害があるために、断られてしまったときの様子等を書きました。冊子(心をつなぐ)に載せた内容。 |
平成17年07月 |
| 家族そろっての食事が当たり前の我が家 |
娘から見た食事への思いを書いてみました。一人より、家族そろってというのが娘にとっても良いことと感じてくれているのかなと思いました。冊子(心をつなぐ)に載せた内容。 |
平成17年06月 |
| あいさつから会話が広がる |
朝起きてから、夜寝るまでに何回かあいさつをします。このあいさつから広がる会話が、家族にとって大切に思え、このような内容を書いてみました。冊子(心をつなぐ)に載せた内容。 |
平成17年05月 |
| おしっことうんち |
子育ての中で、排便排泄さの大切さ。以外だった我が子のおむつ外しの内容等をまとめました。冊子(心をつなぐ)に載せた内容。 |
平成17年04月 |
| 息子の卒園にあたりお礼の手紙 |
息子の卒園が近づくと、急に保育園のバリアーフリー可が進みました。嬉しくなり先生に即お礼を言うと、「もっと早くに気付くとよかったのですけれどね。未満児(1才児と2才児)さんに取っても良いことを、早くに気付くとよかったのですけれどね」と返ってきました。未満児(1才児と2才児)さんに取っても良いことをに言葉の重みを感じました。お礼の手紙を通し、息子の成長を振り返りました。 |
平成16年03月 |
| 地域の人とのふれあい |
関養護学校の同窓会通信に載せる原稿を依頼され、最近感じていることをまとめました。障害者に対して理解がない人が多いと言われがちですが、理解のない人ではなく、どう接したら良いのかわからない方が多いのではと、感じ始めている今日この頃です。
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平成15年05月 |
| 退職までの1年半の仕事状況 |
退職後早く書こうと思いつつ、3ヶ月程掛かりました。会社に対する未練と、自分が会社のためにしてきたことを考え、複雑な思いで書きました。
読み直してみると、経営、人間関係の難しさを感じています。完結編を最初に書いてしまいましたが、今後入社当時からの内容もまとめたいと思っています。
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平成14年07月 |
| 北欧の福祉事情について |
おしんクラブの説明に詳しく書いてあるが、研修旅行に女房(当時は結婚前)と出掛け、研修内容をまとめたもの。
参加者全員で、福井大学桜井先生を主として小冊子を発行。
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平成07年12月 |
| みんなで旅行を! |
同上。 |
平成07年12月 |
| 共生への道 |
無我夢中で働き、気が付いたらトレンディドラマを見て、一人で寂しいと思う22歳。障害者の自立グループの方や、重度な障害者の家族の方との関わりを持ち、遊ぶ中で、障害者の自立に疑問を抱き始める。 |
平成06年 |
| 高校3年間の思い出 |
高校の卒業文集の原稿。念願の専門学校の内定も決まった時期。 |
昭和63年01月 |
| 誰もが生きている |
進路活動を通し、社会の厳しさと、自分の障害を認識した時期。生きていることは同じだし、どうして障害があると受け入れてもらえないかと悩んだ時期。
「障害者の10年」中間記念作品募集高校生の部 最優秀賞
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昭和62年12月 |
| 今できること |
高校3年の学校祭で、弁論大会みたいなことを行い、そこで発表した原稿。進路に悩みながらも、一度は一般の学校に通いたいという希望をかなえようとしていた時期。 |
昭和62年11月 |
| 21世紀の私の夢 |
内容は上記と同じ。執筆の3ヶ月前椎間板ヘルニアと診断。学校を休む日が増え、腰痛で辛いんだけれど、パソコン通信を始め、将来の夢を空想していた時期。同じ高校生の中で、自分作文がどう評価されるかという興味もあった。
東海3県高校生作文コンクールに応募 優秀賞
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昭和62年02月 |
| 情報化社会と私 |
高校2年の夏休みまでの伝記。プログラミングの楽しさ、自分の身体の限界、学校の勉強がおろそかになり、悩んでいた時期。
中部OA論文コンクールに応募 優秀賞
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昭和61年08月 |